田森地区について

庄原市の東端に位置し、東西に7.75キロメートル、南北に7.33キロメートルの広がりをもつ、面積33.80平方キロメートルの農村地帯です。
田森地区は、山陽,山陰に境を接した中国山脈の背骨のあたりに位置し、深山幽谷の地であったが、早くから米作農業が行われてきました。
人口:766人
戸数:323戸
高齢化率:46% (平成26年4月末時点)

田森沿革

田森地区は、もと東庄に属していた粟田、大飯庄に属していた竹森、そして姑蘇庄に属していた森脇の三村に分かれていました。竹森、森脇は廣島藩主の直領、粟田は國老上田家の所領でした。
明治12年 (1879年)   森脇村は粟田村と合併
明治22年 (1889年)   町村制実施のときに、粟田、竹森が合併し、田森村になりました。
昭和33年 (1958年)   東城町に合併
平成17年 (2005年)   庄原市に合併

歴史・文化

比婆荒神神楽は、東城の一帯で継承されてきた古代の神々を受け継ぐ貴重な民俗芸能。その中でも発祥の地といわれる田森地区が 中心となり、この伝統文化を大切に継承しています。式年(33年)ごとに祖霊神・守護神である本山三宝荒神に二日間にわたって大神楽を奉納するほか、年を通じて各地で小神楽が夜通し行われています。
昭和54年(1979年)に国の重要無形民俗文化財の指定を受けています。

大当屋前での竜押し

大当屋近くの神殿久保(神殿田)に向かって威勢よく竜をかついで行き、竜押しがはじまる。

猿田彦舞

悪魔祓いの舞で、特に長刀で舞う「長刀猿田」は特徴的である。


国譲りの能

神話をもとに作られた能舞のひとつといわれている

八重垣の能

国譲りの能とともに代表的な能舞である。


市天然記念物

粟田末政のこぶし

県道から見上げる位置にあります。春を告げる白い花が咲き誇ります

森脇のエゾエノキ

樹高約17m


神々の棲む里

田森地区には広島県神社庁に登録された神社として、「朝倉」「大守」「土佐森」「桜森」「竹森八幡」「大井」「八雲」「簾戸」「世量」の9社があり、そのほか妙見神社、美穂神社、金生神社、愛宕神社、石鎚神社、大山神社などがあります。
また、お薬師さん、お大師さん、お稲荷さん、観音さん阿弥陀さんなどが祀られたお堂と呼ばれる祠が少なくとも粟田に8箇所以上あるといわれ、お地蔵さんや、地神さん、荒神さん、水神さんなどとともに暮らしの中で古くから信仰されており、田森地区はまさに「神々の棲む里」といえます。

朝倉神社
桜森神社


大守神社
土佐森神社


竹森八幡神社
八雲神社


金生神社
簾戸神社


八雲神社の絵馬


寺院

大奥寺

大奥寺山号を朝倉山と称し、慶長3年(1598年)大奥開山徹通禅師が現在の地へと建立されました。
宗派は禅宗の一つとされる曹洞宗です。

太山寺

千手寺奥の院で、正平23年(1367年)に創立されたと伝えられています。
本尊は十一面千手観音胎仏二体で、一つは長尾隼人正一勝の守り本尊であったといわれています。
俗界を離れた景勝地で、安産に霊験が著しく、往時より、妊婦は必ずこの寺に詣り祈祷を受けるものとされていました。



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